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『がらくた』江國香織

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特別 つまらないっていう訳じゃないのに、
なかなか読み進めない本っていうのがある。

今日、読了した『がらくた』江國香織 も、その一つだった。
「新潮文庫の新刊」の帯がついているので、購入したのは
今年の春だったんだと思う。

もちろん、すぐに読もうと思って購入したハズだ。
(既にそのときの状態を忘れている)
そして、本にはカバーをして
「私は今、この本を読んでいるのだぞ!」と自分に言い聞かせて
早、半年。

なんでかな~、なんで 今までかかっちゃったんだろ。

先にも書いたが、この本がつまらなかった、っていう訳じゃない。
面白かったか?といわれたら
「う~~~ん。。。。。」
と応えに詰まるが、まあ、悪くなかった。

じゃあ、なんでかなあ・・・と考えてみた。

そして、ふと気が付いた。

「ああ、このカバーがダメなんだ」と。
『がらくた』には、写真右側の赤いカバーをかけてあった。

そういえば、歴代 このカバーをした本は、
読み忘れられることが多い。

どうも、私はこのカバーが嫌いらしい。

一方、写真左側のカバーをした本は、あっという間に読み終わる。
その理由も考えてみた。

カバーの元になているものは、手帳用のカバーなのだ。
それに、自分で作ったジグソー柄のパッチワークをした布を挟み込んである。
更にその上から、チープなビニールをかけてある。

このビニールが、すこぶる手触りが悪い。
安物のビニールの手触りというのだろうか・・
ビニールのテーブルクロスというのか・・・
まあ、あんな手触りなのだ。

恐らく 読書中の私は、この「チープな手触り」から
早く開放されたくて、猛スピードで 本を読んでいるのかもしれない。

「かもしれない」ではなく、「そうに違いない」のだ。

読書するにあたって、それは良いことなんだろうか?
それとも、悪いこと??

う~ん、どっちでも良いや(笑)

とりあえず、次に読む文庫には
ジグソー柄のピンクのカバーをつけよう。

ところで、『がらくた』江國香織の感想だが・・・
何か感想を書いておかないと、忘れてしまいそうな内容の小説だった。
(というか、内容が無い小説だった)

一般的には不可解な夫婦、妻の母、帰国子女の少女を中心に語られていく、彼等の生活。
お互いに恋をし続けつつも、というより自分の相手への愛を確認する手段として
ふわりと愛人やアバンチュールを楽しむ夫婦の関係。
(これを、「素敵な大人の関係」で、あこがれてしまう、と言う輩が居る・・・やだやだ・・)
娘を自分の生活の一部だと疑わない、ねっとりと我がままな母。
周りの同年代の人間がアホらしく思えてならない、甘えや依存を嫌う自分に潔癖気味な少女。
話のどの部分に、自分が共感するのかによって
「主人公」が変わって来るだろうなと思われる様な書き方がされているのだ。
コレといって、結末があるわけではない。
淡々と書かれた、彼等の日常生活。

母と娘のエピソードは、私としては、母と自分の関係を見るようで
ジレンマ的イライラが積もり、不快だった。

恋愛小説として、括られているらしいが
果たしてそうなのだろうか?

まあ、「恋」と「愛」以外の要素がない小説なので
そうとしか、言いようが無いよねって感じかな。

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コメント

本のカバーと読書の関係とは盲点だな〜。
でも手にして気持いい本てあるよね確かに。
装丁がすごく気持に影響するんだけど、
手触も無意識にあるかもしれない。
手触も本の一部である!
私にとって江國香織の本全般の感想と似てますわ。
元々恋愛ものは苦手なので、私の感想はあてにならないけど(笑)

>及原
全サイズのブックカバー作ろうかなあ~。
『しおり』っていうのも、快適な読書環境には
重要アイテムだよなあ・・・
なんて事も、つらつら 考えているところです。

そうか、私も恋愛小説ってやつが、単に苦手なのか。
なるほど、そうかもしれない(笑)

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